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Vol.74 「清国留学生法政速成科」関連資料

2014年09月25日

梅謙次郎名による文書。当時の清国政府の留学促進政策と明治政府の積極的な受け入れにより、多くの中国人留学生が日本を目指した。欧州留学よりも経済的負担が軽かったことも日本への留学生が多かった理由の一つ。(解説:根崎光男人間環境学部教授)

梅謙次郎名による文書。当時の清国政府の留学促進政策と明治政府の積極的な受け入れにより、多くの中国人留学生が日本を目指した。欧州留学よりも経済的負担が軽かったことも日本への留学生が多かった理由の一つ。(解説:根崎光男人間環境学部教授)

文書の解読文(解説:根崎光男人間環境学部教授)

文書の解読文(解説:根崎光男人間環境学部教授)

法政大学の総理(現在の総長に相当)を務めた梅謙次郎の業績の一つに「清国留学生法政速成科」の創設があります。日清戦争後、中国を中心としたアジア諸国から日本への留学生が急増しました。そのため梅は、1904(明治37)年に清国留学生を対象に修業年限1年(のち1年半に延長)の法政速成科を開設、同年5月に第一班の94人が入学しました。

法政速成科の設置に際して梅は、松本蒸治東京帝国大学助教授、美濃部達吉東京帝国大学教授ら11人の法学・政治学の専門家に、講師要請および諸事協議の会合への出席の可否を尋ねますが、その下書きあるいは控えと思われる文書が本学図書館に残されています(写真・上)。

右の『漢文 法政模範答案集』(本学図書館蔵)は、日本の高等文官試験や判検事登用試験などの模範解答を漢訳し、本学校友の竹内利太郎により出版された。序文を梅が書いており、漢訳は当時在籍していた汪兆銘らの留学生が行った。左は法政速成科卒業生で広東法政学堂監督(校長)を務めた夏同龢 が著した『行政法』の表紙。内容構成などを見ると本学での学びの影響を受けながら書いたと思われ、留学の成果を故国で発信した一つの例といえる

右の『漢文 法政模範答案集』(本学図書館蔵)は、日本の高等文官試験や判検事登用試験などの模範解答を漢訳し、本学校友の竹内利太郎により出版された。序文を梅が書いており、漢訳は当時在籍していた汪兆銘らの留学生が行った。左は法政速成科卒業生で広東法政学堂監督(校長)を務めた夏同龢 が著した『行政法』の表紙。内容構成などを見ると本学での学びの影響を受けながら書いたと思われ、留学の成果を故国で発信した一つの例といえる

法政速成科では法律、政治学のほか西洋史・政治地理も漢文で教えており、留学生は日本での学びを通して西洋文化をも吸収することができました。卒業生や在籍者の中には、後年、中国革命に名を残す人たちがいましたが、ほかにも判事や検事として活躍する人、法律・政治の学校で教育に携わる人、あるいは学びの成果を出版する人などが多く、こうした人たちによって法政速成科で受けた教育が伝播され、その波が大きく広がっていったのです。

法政速成科には第一班から06年入学の第五班まで約2000人が在籍、そのうち半数が卒業し、08年に廃止されました。2014年は法政速成科が開設されて110周年にあたり、本学では記念の催しを2014年中に開催する予定です。

取材協力:法政大学図書館・法政大学史センター

(初出:広報誌『法政』2014年度7・8月号)