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Vol.58 歌川国貞・国芳の浮世絵

2013年01月10日

三代歌川豊国(初代国貞)の「江戸むら咲あづまのうつし画」[佐野屋喜兵衛版 1847(弘化4)年~52(嘉永5)年]に描かれた足利光氏の遊興の様子。『偐紫田舎源氏』は光源氏ならぬ光氏が好色な振りをして盗まれた刀を探す設定

三代歌川豊国(初代国貞)の「江戸むら咲あづまのうつし画」[佐野屋喜兵衛版 1847(弘化4)年~52(嘉永5)年]に描かれた足利光氏の遊興の様子。『偐紫田舎源氏』は光源氏ならぬ光氏が好色な振りをして盗まれた刀を探す設定

法政大学図書館所蔵の「子規文庫」は明治時代の俳人・正岡子規(1867~1902)の蔵書コレクションです。和漢洋書や自筆ノートなどのほかに、江戸から明治にかけて描かれた絵画も数多く含まれています。中でも目を引くのが源氏物語の華麗さを当代に舞台を移して描きだした浮世絵「源氏絵」です。

平安時代に成立した『源氏物語』の魅力が庶民にまで広がり愛されるようになった江戸時代。物語の筋を利用しつつ、設定を変え、新たなストーリー展開を見せる翻案小説が人気を博します。物語の舞台を室町時代の武家社会に変化させた柳亭種彦の合巻『偐紫田舎源氏』は挿絵の素晴らしさも手伝い、多くの庶民を魅了。三代豊国こと歌川国貞(1786~1865)の描く挿絵は飛び出すかのような迫力を秘め、錦絵(版画)化され販売されました。そのうちの数点が現在「子規文庫」に所蔵されています。

長編絵巻『偐紫田舎源氏』は1829(文政12)年から天保の改革で絶版処分となる1842(天保13)年まで38編を刊行。江戸庶民のコミックとして流行り、作者の柳亭種彦は絶版後失意の中でこの世を去った

長編絵巻『偐紫田舎源氏』は1829(文政12)年から天保の改革で絶版処分となる1842(天保13)年まで38編を刊行。江戸庶民のコミックとして流行り、作者の柳亭種彦は絶版後失意の中でこの世を去った

元々、役者絵の評価が高かった国貞は光源氏に模した足利光氏を描く際もさまざまな創意工夫を凝らしています。たとえば光氏のまげは先端が二つに割れた「海老茶筅髷」という独特の形ですが、これも国貞が考案したもの。歌舞伎の人気俳優に似せて描いたことなどもあり、多くの女性から支持を得ました。

国貞以上に大胆な構図の「源氏絵」を描いたのが同門の国芳(1798~1861)です。江戸の庶民を楽しませた浮世絵の数々は、病床の子規の心をも慰めたことでしょう。

 取材協力:小林ふみ子文学部准教授

歌川国芳の大判錦絵「月雪花之内 雪」[上州屋金蔵版 1847(弘化4)年~52(嘉永5)年]。松に積もった雪を『源氏物語』(末摘花の巻)の「末の松山」に見立て、雪が腰元に落ちる様子を大胆な構図でとらえている(左)、三代豊国(初代国貞)の「雪月花之内 ゆき」[林屋庄五郎版 1847(弘化4)年~51(嘉永4)年]。光氏や彼を取り巻く女性たちの衣装の美しさが際立つ。精緻で鮮やかな絵が産み出された背景には一流の職人たちによる分業体制がある。下絵を担当する絵師、下絵を板に彫る彫師、多彩な色を重ねて刷りあげる摺師たちが力を注いだ傑作は現代でも輝き続けている(右)

歌川国芳の大判錦絵「月雪花之内 雪」[上州屋金蔵版 1847(弘化4)年~52(嘉永5)年]。松に積もった雪を『源氏物語』(末摘花の巻)の「末の松山」に見立て、雪が腰元に落ちる様子を大胆な構図でとらえている(左)、三代豊国(初代国貞)の「雪月花之内 ゆき」[林屋庄五郎版 1847(弘化4)年~51(嘉永4)年]。光氏や彼を取り巻く女性たちの衣装の美しさが際立つ。精緻で鮮やかな絵が産み出された背景には一流の職人たちによる分業体制がある。下絵を担当する絵師、下絵を板に彫る彫師、多彩な色を重ねて刷りあげる摺師たちが力を注いだ傑作は現代でも輝き続けている(右)