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Vol.38 法政大学大原社会問題研究所所蔵資料 「月島調査」の家計簿式調査原本

2012年02月23日

「月島調査」の家計簿式調査原本

1冊1家族の「家計簿」原本。下の茶色の表紙は、同時に行われた「東京市内及附近の小学校教員家計調査」の家計簿原本。

1冊1家族の「家計簿」原本。下の茶色の表紙は、同時に行われた「東京市内及附近の小学校教員家計調査」の家計簿原本。

1918(大正7)年から1920(同9)年にかけて、「月島調査」と呼ばれる東京・月島の住民を対象にした大規模な社会調査が行われました。正式には「東京市京橋区月島に於ける実地調査」といい、当時の内務省衛生局に設けられた保健衛生調査会を母体に、それまで行われていなかった都市における衛生状態調査の試みとして行われたものです。
この調査を企画・推進したのが、大原社会問題研究所の初代所長となった高野岩三郎(1871-1949、東京帝大教授、社会統計学者)です。調査員として権田保之助(社会学者、民衆娯楽研究者)、星野鉄男(医学士)、山名義鶴(社会運動家)らが参加しましたが、こうした研究者集団による共同調査は、当時としては先駆的な試みでした。また、高野はこの時、単なる保健衛生調査としてではなく、経済的社会的調査を包含した「社会生活殊に大都会の労働者生活の調査」として調査を行いました。これらのことから、「月島調査」はわが国における実証的な都市社会調査の先駆として、歴史にその名を留めています。
調査は、現地の家屋を借りて調査事務所を設け、調査員が住み込んで「(1)住民、とくに熟練工家族の住居状態の精査(2)一定の熟練工家族を選んで詳しく家計調査(3)子ども、特に小学校就学児童の健康診断(4)出生・死亡・疾病の調査(5)その他教育状況、娯楽などの調査」が行われました。調査結果は3冊の報告書として刊行されています。
法政大学大原社会問題研究所には、このうち熟練工家族の家計調査に使われた「家計簿」の原本が収蔵されています。1世帯1冊にまとめて製本された原本には、調査期間の日々の収入・支出が細かに記入され、食品や生活用品、医療品などの値段、それらの購入状況などから、当時の労働者家族の生活の様子を垣間見ることができます。その意味でも、非常に貴重な資料ということができます。

家計簿には、「子供小使八銭」「魚メザシ五銭」「洋服代三円」など収支内容が細かく記入され、当時の物の値段などもわかって貴重だ。

家計簿には、「子供小使八銭」「魚メザシ五銭」「洋服代三円」など収支内容が細かく記入され、当時の物の値段などもわかって貴重だ。

左は高野岩三郎の肖像画。没年まで大原社会問題研究所所長を務め、1946年には日本放送協会(NHK)の第5代会長に就任した。高野以外の調査員のうち、権田保之助、山名義鶴や調査補助員ら4人が後に大原社会問題研究所の所員となっている。右は「月島調査」の3冊からなる報告書。

左は高野岩三郎の肖像画。没年まで大原社会問題研究所所長を務め、1946年には日本放送協会(NHK)の第5代会長に就任した。高野以外の調査員のうち、権田保之助、山名義鶴や調査補助員ら4人が後に大原社会問題研究所の所員となっている。右は「月島調査」の3冊からなる報告書。

報告書には多くの写真が掲載されている。左は調査事務所兼宿舎(借家)と調査員ら。右は当時の機械工場内部の様子。

報告書には多くの写真が掲載されている。左は調査事務所兼宿舎(借家)と調査員ら。右は当時の機械工場内部の様子。