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Vol.31 法政大学図書館 所蔵資料 『ボアソナード答問録』~ボアソナード氏との交信録~

2011年12月22日

『ボアソナード答問録』~ボアソナード氏との交信録~

交信録はボアソナードの言葉や書簡を日本人関係者がまとめて筆写したものと思われ、誤記が目立つが、項目ごとに1から42まで(4は欠落)番号と日付が付けられている。交信が行われた1875、76年は刑法、治罪法から始まった法典編さん作業が軌道に乗りはじめる頃で、交信録にも刑事法関係の項目が多い。

交信録はボアソナードの言葉や書簡を日本人関係者がまとめて筆写したものと思われ、誤記が目立つが、項目ごとに1から42まで(4は欠落)番号と日付が付けられている。交信が行われた1875、76年は刑法、治罪法から始まった法典編さん作業が軌道に乗りはじめる頃で、交信録にも刑事法関係の項目が多い。

1875(明治8)年4月のある日、明治政府の法律顧問であるボアソナードは、自宅から司法省法学校に講義に行く途中、通りかかった裁判所で偶然にも拷問の現場を目撃します。あまりの惨状に驚いたボアソナードは、泣きながら関係者に抗議し、その日帰宅すると直ちに司法卿大木喬任に拷問廃止を求める書簡を書いたといわれています。
このときの司法卿宛の書簡は、1カ月後に提出された拷問廃止の建白書(理由書)とともによく知られていますが、この2編の原文写しを含む、「Premier Cahier pour les questions」と題したA4判ほどのフランス製上質ノートが、本学図書館に収蔵されています。ノートには、「ボアソナード氏との交信録」として、1875年5月から翌76年2月までの、明治政府から寄せられた法律関係の質問に対するボアソナードの回答が165ページにわたってフランス語の原文で筆写されています。

拷問廃止を求めた「司法卿閣下への書簡(1875年4月15日)」(左)と、「拷問の廃止に関する建白書(1875年5月20日)」の冒頭部分。ボアソナードは建白書で、「人道」「自然法と絶対的正義」「純理」「日本の尊厳と利益」の4つの観点から拷問を廃止すべきことを詳しく論じている。なぜ拷問がいけないかという問いに根本的に答えた歴史的文書として普遍的な価値をもつと評価される。

拷問廃止を求めた「司法卿閣下への書簡(1875年4月15日)」(左)と、「拷問の廃止に関する建白書(1875年5月20日)」の冒頭部分。ボアソナードは建白書で、「人道」「自然法と絶対的正義」「純理」「日本の尊厳と利益」の4つの観点から拷問を廃止すべきことを詳しく論じている。なぜ拷問がいけないかという問いに根本的に答えた歴史的文書として普遍的な価値をもつと評価される。

明治政府の法律顧問として1873年に来日したボアソナード博士の来日百年記念事業の一環として、「Premier Cahier pour les questions」を訳文付きで復刻した『ボアソナード答問録』(1978年・法政大学出版局)

明治政府の法律顧問として1873年に来日したボアソナード博士の来日百年記念事業の一環として、「Premier Cahier pour les questions」を訳文付きで復刻した『ボアソナード答問録』(1978年・法政大学出版局)

質疑応答は、当時、司法省の要職にあった井上毅との間にかわされたものが中心と思われ、拷問廃止関係のほか「穀物取引所条例草案についての意見」といった有名なものも含まれます。中でも「成文法が存しない場合、慣習に衡平法以上の権威を認めなければならないか」と題した質疑応答は、民事訴訟における法源の適用順序を定めた「裁判事務心得」第三条(1875年太政官布告)が、従来から推測されていたとおり、ボアソナードの自然法論の影響があったことを確認する資料となりました。
政府の質問への回答は、当時のボアソナードに課せられた重要な職責の一つでした。記録の多くは現在、法務図書館などに写本として残されていますが、ノートに収められた諸編をオリジナルとすると思われるものはほとんど伝えられていません。しかも写本類はすべて訳文であり、本ノートはフランス語の原文を知るうえで重要な資料ということができます。同時に、明治の日本法制近代化の過程においてボアソナードの果たした役割をうかがう上で極めて貴重な資料といえるでしょう。


参考資料:大久保泰甫『ボワソナアド』(1977年・岩波新書)