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Vol.16 大学所有のクラシックカー

2011年08月31日

自動車部寄贈のジャガー3 1/2サルーン

1966(昭和41)年、東京渋谷・道玄坂の「美々薬局」藤沢臣明氏より本学体育会自動車部に黒塗りのクラシックカーが寄贈されました。藤沢氏が戦後、日本に進駐していた連合国軍兵士より譲り受けたというこの自動車は、名車の誉れ高いジャガーの1938年型3.5リットルサルーン。美しいフォルムの4人乗り高級乗用車でした。

英国のSS社(後のジャガー社)は、1935年に初めてジャガーというブランドネームを冠した2.5リットル4ドアサルーンを発表した。本学のジャガーはその上位モデルで、全金属製のボディと3.5リットルのエンジンを搭載して1938年に発表された。英国車の代表らしく流れるような曲線が美しいクラシックカーだ。
英国のSS社(後のジャガー社)は、1935年に初めてジャガーというブランドネームを冠した2.5リットル4ドアサルーンを発表した。本学のジャガーはその上位モデルで、全金属製のボディと3.5リットルのエンジンを搭載して1938年に発表された。英国車の代表らしく流れるような曲線が美しいクラシックカーだ。

英国のSS社(後のジャガー社)は、1935年に初めてジャガーというブランドネームを冠した2.5リットル4ドアサルーンを発表した。本学のジャガーはその上位モデルで、全金属製のボディと3.5リットルのエンジンを搭載して1938年に発表された。英国車の代表らしく流れるような曲線が美しいクラシックカーだ。

フロント縦置きエンジンは、水冷直列6気筒OHV、3,485cc。部品はすべてオリジナルで、時速100kmでの連続走行が可能という。木製のダッシュボードと中央に集められたメーター類もほぼオリジナルのまま。黒い革張りの座席シートも復元されたが、レストア以前は洒落た赤い座席シートだったという。

自動車部のシンボル的存在となったジャガーでしたが、老朽化が激しく、68(昭和43)年に廃車。以来、キャンパスの片隅でくず鉄同様の状態にありました。これを見た自動車部OBの間に、現存台数の少ない貴重な名車を完全復元し、永久保存しようという機運が高まり、79(昭和54)年から1年余りの時間をかけて専門工場で手作業による修理復元が行われました。エンジンは当時の部品をそのまま使ってオーバーホールし、シャーシ、フレーム、内装は全面補修されました。復元にかかった約650万円の費用は、自動車部OB有志の寄付でまかなわれました。
ところが、車検を受ける時になって、半世紀以上前の自動車であるため基準に合わないところや書類の不備が出てきました。OBが陸運局に何度も足を運んで書類提出するなど交渉の末、ようやく登録を完了、ナンバーが取得できたのです。
そして1980(昭和55)年12月、本学創立100周年の記念行事の一環として、自動車部OB会から本学に寄贈されました。
この後、ジャガーは自動車部により整備が行われ、本学の記念式典やOB会行事などに登場します。中でも一番のひのき舞台は東京六大学野球の優勝パレード。2005(平成17)年秋の優勝以降はパレードに参加していませんが、総長や野球部長、監督、選手らの乗るオープンカーを先導するジャガーの勇姿は多くの人々の記憶に残っていることでしょう。

フロント縦置きエンジンは、水冷直列6気筒OHV、3,485cc。部品はすべてオリジナルで、時速100kmでの連続走行が可能という。木製のダッシュボードと中央に集められたメーター類もほぼオリジナルのまま。黒い革張りの座席シートも復元されたが、レストア以前は洒落た赤い座席シートだったという。

フロント縦置きエンジンは、水冷直列6気筒OHV、3,485cc。部品はすべてオリジナルで、時速100kmでの連続走行が可能という。木製のダッシュボードと中央に集められたメーター類もほぼオリジナルのまま。黒い革張りの座席シートも復元されたが、レストア以前は洒落た赤い座席シートだったという。

96年の東京六大学野球春季リーグでの優勝パレードを先導するジャガーの勇姿。運転は自動車部OBが担当している。ジャガーが登場する前は、自動車部保有の1936年式トヨタフェートンが優勝パレードに使われていた。この車は現在、愛知県のトヨタ博物館に展示されている。

96年の東京六大学野球春季リーグでの優勝パレードを先導するジャガーの勇姿。運転は自動車部OBが担当している。ジャガーが登場する前は、自動車部保有の1936年式トヨタフェートンが優勝パレードに使われていた。この車は現在、愛知県のトヨタ博物館に展示されている。