主催: 法政大学沖縄文化研究所 
                                        共催: 早稲田大学琉球・沖縄研究所/沖縄学研究所
                                               /法政大学学生センター課外教養プログラム

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作品紹介

 上映作品一覧 (クリックすると、作品紹介がみられます。)



a 『沖縄久高島のイザイホー』 n 『奄美のノロまつり1(加計呂麻島)』
b 『カベールの馬』 o 『奄美のノロまつり2(奄美大島)』
c 『女が男を守る島〜沖縄久高島〜』 p 『キューバ沖縄移民・家族の系譜』
d 『イザイホウ』 q 『ペルーの大地にウチナーンチュの絆強く』
e 『イザイホー1990年−久高島の女たち−』 r 『サルサとチャンプルー』
f 『チェンバレンの厨子甕』 『ユークイ〜沖縄祈りの島 宮古・池間島〜』
g 『Sacred Vandals 聖なる破壊者』 t 『島語り 島の声〜ユークイの島2001〜』
h 『海南小記j序説・アカマタの歌』 u 『竹富島の種子取祭』
i 『ナナムイ』 v 『石垣川平のマユンガナシ』
j 『与論島の十五夜』 w 『島語り 島の声〜狩俣の祭祀は今〜』
k 『佐仁の八月踊り』 x 『長編ドキュメンタリー映画 ひめゆり』
l 『龍郷のアラセツ』 y 『島クトゥバで語る戦世』
m 『諸鈍シバヤ』


作品紹介

a 『沖縄久高島のイザイホー』

 1979年/カラー/第1部54分・第2部48分/製作:伝統文化記録保存会下中記念財団 /制作協力:東京シネマ新社

 イザイホーは久高島で12年に1度の神事だが、1978年を最後に行われていない。本作は、最後のイザイホーの記録である。祭の一か月前から現地に乗り込み、準備から片付けまでの模様についてあらゆる行程を撮影している。。この作品では、多くのティルル(叙事的歌謡)を存分に味わうことができる。

(C) 東京シネマ新社

b 『カベールの馬』

1966年撮影、1969年完成/モノクロ/28分/監督:北村皆雄 /提供:ヴィジュアルフォークロア

イザイホーには、白い馬に乗った神様が神女たちの前に現れるという共同幻想がある。1966年におこなわれたイザイホーを題材に、島の始祖神話、オナリ神信仰、御嶽、風葬などを、島の老女(語り:北林谷栄)が語るというスタイルをとった作品。風葬の撮影は物議をかもした。風葬は死者と向かい合う神聖な場所である。島の悪しきもの、恥ずべき風習という考えに抗して、あえてカットしないで上映する。


(C)北村皆雄

c 『女が男を守る島〜沖縄久高島〜』

カラー/監督:北村皆雄/制作:三浦庸子 /製作:ヴィジュアルフォークロア

 私たちには一つの予感があった。1978年のイザイホーを最後に、年間30を越す祭祀を担う神女が誕生しなくなったことから、遠からず消滅するだろうということだった。1982年から84年にかけて久高島の年中行事を撮影した。70時間に及んだ。その一部をテレビ用に作ったのがこの作品である。

オナリ(姉妹)神信仰に支えられて、久高島では女が男を守るという伝統的な考えがあるが、守られる男たちの一生はどうなのであろうか?男たちの一生を島の年中行事の中でとらえたものである。


(C)ヴィジュアルフォークロア

d 『イザイホウ』

 1969年/モノクロ/49分/主なスタッフ:  野村岳也 嶋本道雄 天保俊英 福島幸雄 /海燕社

 この作品は、1966年のイザイホウを記録している。まず久高島の産業や習俗などが紹介される。例えば、琉球時代の土地制度である地割制による土地利用は貴重な映像。またエラブウミヘビの収益とイザイホウの関係も興味深い。その上で、イザイホウの行程をまとめている。島の産業や習俗とイザイホウ信仰の関係に迫ろうとするところに注目したい。


(C)海燕社

e 『イザイホー1990年-久高島の女たち』

 1991年/カラー/30分/製作:民族文化映像研究所/沖縄県教育庁委嘱

  1990年、ついにイザイホーは行われなかった。この記録は、イザイホーを行うことができなかった久高島の女性たちの想いと行動を集積し、また、イザイホーという神事の意味に迫っている。インタビューの中で、島のノロや久高島から那覇に移った女性たちからイザイホーがなくなることに対する複雑な思いが語られている。


(C)民族文化映像研究所

f 『チェンバレンの厨子甕』

 2005年/カラー/85分/監督:港千尋/監修・制作:佐々木成明

 この映画は、オックスフォードの博物館で出会った一個の陶器をテーマにしている。それは「死者の扱い」と書かれたガラスケースの中にあった。「死者の扱い」には、なぜわたしたちが過去を記録し記憶を保存するのかという、平凡ではあるけれど、深い問いがあるように思えた。そしてカメラには、沖縄の強烈な光と潮風のなかで、およそ100年前には考えられなかったような風景が映し出されていったのである。 (web『先見日記』湊千尋「ズシガメ覚え書」より抜粋)

(C)港千尋

g 『Sacred Vaddals (聖なる破壊者)』

1983年/カラー/54分/監督:Solrn Hoass /提供:ヴィジュアルフォークロア

 本作品は、オーストラリアの女流映画作家ホアス(1943年、ノルウェイ生まれ)の『鳩間島』四部作のひとつである。
 『聖なる破壊者』はその公認の老「司」に対抗して、一人の「ユタ」、つまり民間の霊能者−巫女が現われて島の司祭者と制度化した司祭権の現状に疑義を示し、挑戦している姿をとらえている。
 その「ユタ」は島の出身で、今は島を出て那覇で酒場を営んでいる中年女性で、島の祭りの日などには必ず帰島し、自分の霊力を顕示する行動を独自でとっている。彼女は島を離れ、街で身を売るような宿業を背負った自分の来歴の中に、同じようだった今までの多くの島の女の宿業を感じ、そのなかに彼女の祖先の霊の障りを感じる。彼女は霊視した祖先の墓の所在をさがし求め、祖霊を鎮めようと島を歩きまわる。
(1986年4月・映像民俗学の会プログラム、野田真吉氏の評より一部抜粋)
(C)Solrun Hoaas

h 『海南小記序説・アカマタの歌-西表・古見』

1973年/カラー/81分/監督:北村皆雄 /製作:遊行鬼

西表島・古見の豊年祭にはアカマタ・シロマタ・クロマタと呼ばれる仮面仮装の神々が登場する。秘儀の撮影は拒まれたものの島に生きる17軒を一つ一つ訪ねて、オーラルヒストリーを記録した。島のアカマタ信仰を移住者の新興宗教が侵食していくなど、伝統村落が崩壊していく姿を描いている。赤裸々な内容を含むため、長い間上映を封印していたが、一つの村の記録として価値があるのではないかと考えて、近年公開することにした。沖縄の上映後、「記録することの意味」を巡って地元民らと5時間に及ぶ論争がおこなわれた。

(C)ヴィジュアルフォークロア

i 『ナナムイ 
 
<第1章 神歌編 /第2章 ユークイ編>

2003年/カラー/第1章79分、第2章79分/撮影:比嘉豊光 /編集:田中藍子/製作:琉球弧を記録する会

 宮古島・西原(ンスムラ)の祭祀ナナムイの記録。南島の多くの神行事が急速に消えつつあるこの時代に、カメラはかつて撮影されたことのない神事の内部までごく自然に入っていく。そこに映るのは、生き生きとしたナナムインマたちの姿である。ナナムイの杜に差す光の中で歌い継がれる神歌からは島の祈りが聞こえる。
(C)比嘉豊光

『与論島の十五夜』

 1980年/カラー/48分/製作:伝統文化記録保存会下中記念財団 /制作協力:東京シネマ新社

与論島の十五夜祭は、16世紀にはじまった、住民の安全や五穀豊穣を祈願する祭であり、島の娯楽である。神社で芸能の奉納が行われるが、滑稽な狂言風の芝居をみせる組と通常の踊りを舞う組が交互に演じるところが興味深い。衣装、面、音楽などをみると、時に琉球的、時にヤマト的なものとなっている。祭りは夜まで続き、最後のカチャーシが楽しい。
(C)東京シネマ新社

k 『佐仁の八月踊り』

 1983年/カラー/30分/製作:民族文化映像研究所/鹿児島県歴史資料センター黎明館委嘱

旧暦8月の最初の丙の日(アラセツ)に行われる、笠利町佐仁の8月踊りの映像。ノロによる豊穣祈願の儀式と芸能が行われる。佐仁では、自分たちで植物の繊維を発酵させてお神酒を作る。踊りは、最初ゆったり、徐々にテンポアップしてクライマックスを迎える点が特徴的。男女に別れて掛け合いしながらの踊りが印象に残る。

(C)民族文化映像研究所

l 『龍郷のアラセツ−ショッチョガマと平瀬マンカイ−

 1982年/カラー/31分/総監督:姫田忠義/製作:民族文化映像研究所

旧暦8月の最初の丙の日(アラセツ)に、龍郷町では稲の神様を招く行事が行われる。午前零時、八月踊りの人たちが家々をまわり、男たちと女たちが歌の掛け合いをして家の繁栄を祈願する。夜明けには、大勢の男性が稲の神の依代とされる小屋の屋根にのぼり、大声で歌いながら屋根が落ちるまで揺らす。なぜ苦労して作った小屋を倒すのだろうか。

(C)民族文化映像研究所

m 『諸鈍シバヤ』

 1978年/カラー/40分/製作:民族文化映像研究所/瀬戸内教育委員会委嘱

 加計呂麻島の諸鈍で行われているシバヤは重要無形文化財に指定されている芸能である。仮面、衣装、人形、大蛇などすべて手作りで、その作成作業も撮影している。シバヤには、琉球、ヤマトのみならず、朝鮮半島、中国の影響もみられるが、これらの要素が諸鈍の地で見事に融合して独自の文化に昇華されている。
(C)民族文化映像研究所

n 『奄美のノロまつり1 -加計呂麻島-』

 1987年/カラー/34分/製作:民族文化映像研究所/鹿児島県教育委員会委嘱

 数あるノロの神事のうち、加計呂麻島の旧暦2月、4月、6月、11月の映像である。2月の神事(ウムケ)は女性だけで執り行われる。毎回、手作りのお神酒をはじめ、食欲をそそるごちそうが登場する。神事で酒食をともにするということは、栄養の摂取を超えた深い意味があるようだ。躍動的な八月踊りとは対照的な静謐さがただよう。

(C)民族文化映像研究所

o 『奄美のノロまつり2 -奄美大島-』

 1988年/カラー/32分/製作:民族文化映像研究所/鹿児島県教育委員会委嘱

奄美大島のノロの神事の映像。海の彼方から幸福をもたらすテルコノカミをお迎えし、送り返す一連のまつりが描かれている。これは琉球のニライカナイ信仰、熊野の普陀楽信仰、ひいては人類の精神文化の基層に通じているという。ノロたちによる、静かな祈りと銅鑼の音や浜辺でのカゴメカゴメのような舞のにぎやかな儀式がある。

(C)民族文化映像研究所

p 『キューバ沖縄移民 家族の系譜』

 2001年5月2日放送/カラー/46分/制作著作:沖縄テレビ/制作担当:前原信一

 沖縄からのキューバ移住は、第一次世界大戦時に始まる。太平洋戦争時の収容所生活、沖縄戦による家族の分断などの苦難。キューバ革命以降は、外貨持出規制もあり、帰郷が困難になった移民たちの望郷の念はいかほどか。1980年代に、国の事業によって一時帰国が実現するが、彼らの目に久方ぶりの沖縄はどのように映ったのだろうか。
(C)沖縄テレビ

q 『ペルーの大地にウチナーンチュの絆強く
    〜沖縄県人ぺルー移住100周年〜  』

 2006年2月25日放送/カラー/46分/制作著作:沖縄テレビ/制作担当:前原信一

 2006年は沖縄からのペルー移住100周年。その式典をはじめ、政情不安定なペルーでの過酷な生活史が紹介される。そんな中で、沖縄人の特性を生かしたある商売が広くペルーで受け入れられていったという。式典では、様々な沖縄芸能が披露されるが、とりわけアルベルト城間が移民をテーマにして作曲した「片手に三線を」の演奏が印象的。
(C)沖縄テレビ

『サルサとチャンプルー』

 2007年/カラー/100分/企画・監督・製作:波多野哲朗

  いまから約80年前、沖縄から遠く太平洋と米大陸を隔てて、キューバへと渡った移民とその末裔たちを追うドキュメンタリー。映画は百歳に近い日本人移民一世のインタビューにはじまり、二世、三世、四世とその生活ぶりを順次描いていく。沖縄、キューバ、日本…文化は溶解し、混じり合う。サルサと沖縄民謡の見事な融合も必見。

(C)波多野哲朗

s 『ユークイ〜沖縄祈りの島 宮古・池間島〜』

1974年/カラー/監督:北村皆雄
  

1974年、池間島のユークイを谷川健一(民俗学者)さんらと一緒に行き、撮影をした。ユー(世、豊饒)をクイ(乞う)という豊年祈願で、島の51歳から55歳の女性がユークインマとして、夜籠もりと御嶽回りをするもので、誰もがドサドサとユーの運ばれる音を聞くのだという。宮古本島西原、伊良部島は、池間島からの分村で、ユークイも一緒に移った。池間島では1985年を最後に途絶えたが、1997年に二人のツカサで復活した。断絶以前の本家池間島の5人のツカサによるユークイの秘祭をみることができる。


(C)ヴィジュアルフォークロア

t 『島語り 島の声〜ユークイの島2001〜』

2001年12月29日放送/カラー/27分/制作著作:宮古テレビ(株)/企画制作担当:新里光宏

宮古諸島のひとつ伊良部島の佐良浜(さらはま)集落では旧暦9月になると、島で生まれた女性たちによる祭祀「ユークイ」があります。「ユークイ」のユーは豊作や豊漁、子孫繁栄、健康成就などを、クイはそれらを乞う事という意味です。すなわち、共同体が豊饒に導かれることを神々へ祈り乞う祭祀です。この集落で生まれた男性も女性も「マスムイ」という儀礼によって共同体の神とつながり神の子となります。したがって女性は数え47歳から57歳まで祭祀「ユークイ」を担わなければなりません。ところが、最高神女・大母(ウフンマ)が途中で降り、後任者が選任されずに1998年から4年間、共同体の祭祀一切を中断せざるを得ない状況が起きました。およそ290年前、隣の池間島から分村して初めての出来事です。集落民はこの出来事とどう向き合い、どのような方向性を見いだすか。変容する共同体の内側を歩く。

 (C)奥濱幸子

u 『竹富島の種子取祭』

 1980年/カラー/55分/製作:民族文化映像研究所/竹富島民俗芸能保存会委嘱

 八重山諸島竹富島の種子取祭は10日間に渡って行われる、豊穣の神に捧げる祭り。ツカサたちによる祈願や多数の芸能がみられる。女性達による空手の演武を取入れた踊りなどが場内の笑いを誘う。鍬を使った踊り、乗馬や鍛冶をモチーフとした芸など生産の場面が楽しく演じられているところが特徴的。もち米、小豆などを大なべで煮るモチづくりは豪快そのもの。
(C)民族文化映像研究所

『石垣川平のマユンガナシ』

 1982年/カラー/39分/製作:伝統文化記録保存会下中記念財団 /制作協力:東京シネマ新社

 マユンガナシは石垣島で信仰されている幸福をもたらす来訪神。旧暦9月前後の戊戌の日から4日間行われる。戌年生まれの青年達がクバ笠、クバ蓑のいでたちで家々を廻って、45分ほど農作業の手順や豊穣を説く。その後、家にあがって食事をするが、なぜか言葉を発せず、なにか出されると「アァー」と応じる。今では川平だけで行われている。
(C)東京シネマ新社

『島語り 島の声 〜狩俣の祭祀は今〜』

 宮古諸島の北方に位置する狩俣には年間60以上の祭祀があります。その祭祀を掌るのは狩俣で生を受けた女性で、男性はそれらをサポートする側にいます。また、琉球列島のなかでも儀礼の繊細さと内容の多様性においては興味深い集落と言われます。とりわけ、旧暦10月から12月の間、5回行う祭祀「祖神祭(ウヤーン)」は、女性たちが共同体の祖神となって出現する神秘的なものです。

 ところが、1997年に最高神女・大母(アブンマ)が退任、以後は後任者が選出できず僅か数人の神女で祭祀を行うといった狩俣創世以来の事態が起きました。祭祀の現状を集落民はどう捉えているか。今後どうしたいのか。どうなるのか。繊細で多様な祭祀をもつ集落民の複雑な心境を大母が退任する1997年の「祖神祭(ウヤーン)」と翌年の様子から狩俣の祭祀の今を捉える。 


(C)奥濱幸子

『長編ドキュメンタリー映画 ひめゆり』

 2006年/カラー/130分/監督:柴田昌平/製作:プロダクション・エイシア/共同製作:財団法人沖縄県女師・一高女ひめゆり同窓会

 なんとなく知った気になっていた沖縄戦と「ひめゆり」のイメージ。しかし、実は「ひめゆり学徒隊」の生存者の多くは、戦後長く沈黙を守っていた。この映画は、生きのびた元生徒22名が自らの言葉で綴った戦争の体験と亡き友への想いを、13年の時をかけ、丹念に紡いだドキュメンタリー映画である。長い葛藤の日々をへて語られる命の言葉を聞く。

(C)プロダクション・エイシア

『島クトゥバで語る戦世 1、2』

2003年/カラー/各80分/撮影:比嘉豊光、村山友江 /編集:村山友江/製作:琉球弧を記録する会

  63年前、沖縄に上陸した米軍と日本軍による大規模な地上戦は、地元住民をも巻き込んだ。戦後、沖縄が様々な面で日本化される中、沖縄戦でさえも日本の枠組みで理解されることが多くなった。しかし、島の人自らの「島クトゥバ」で語られるこの戦争体験の証言記録からは、共通語では決して表現しえないリアリティある表現に「言葉の力」を思い知らされる。
(C)比嘉豊光